賃金のデジタル払い

令和5年夏頃、賃金のデジタル払いが運用開始される見通しです

労働基準法(以下「同法」と言います。)第24条(賃金の支払)は、賃金は原則通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない、と定めています。同法施行規則第7条の2第1項の定めるところにより、労働者の同意を得た場合、当該労働者が保有する銀行その他の金融機関の預貯金口座及び証券会社の証券総合口座への振込によって支払うことはできますが、法令上は例外的な取扱いにあたります。一定以上の年齢の方々はご記憶のとおり、かつては全額現金があたりまえでした。担当者は支給額全体を把握したうえで、必要な金種を支給額分用意して、一人ひとりの給与袋に封入していました。万が一帳尻が合わないと、最初からやり直しとなるなど、多大な緊張と手間を伴う作業が毎月繰り返されていました。今日では、振込払がほとんどです。例外的取扱いが主流となったことにより、手間は格段に減り、しかも安全・確実な支払が実現しています。

一方、近年、「賃金決算に関する法律」に基づいて、銀行等以外の者で資金(外貨やチャージ残高等を含む)の移動を業として営む資金移動業者の役割が、急速に普及拡大しています。様々な「○○ペイ」等の運営を通じて、キャッシュレス決済や多様な送金サービスを担っているのが資金移動業者です。今回の同法施行規則改正により、資金移動業者の口座への資金移動を給与受取に活用すること、いわゆる賃金のデジタル払いと呼ばれるものが可能となりました。

厚生労働大臣の指定を受けた賃金移動業者のみが可能です

資金移動業者がデジタル給与を扱うためには、厚生労働大臣の指定が必要です。指定の申請は令和5年4月1日から始まりますが、厚労省の審査を経て、指定を受け運用を開始するまでには、数か月を要する見込みであり、実際には夏頃と思われます。

指定を受けるために必要な要件は、おおむね次のとおりです。

(1)賃金支払に係る口座の残高の上限額を100万円以下にしていること。又は、100万円を超えた場合、速やかに100万円以下にするための措置を講じていること

(2)破綻等により口座残高の受取が困難となったとき、労働者に口座残高の全額を速やかに弁済することを保証する仕組みを有していること

(3)労働者の意に反する不正な為替取引、その他当該労働者の責めに帰することができない理由により口座残高に損失が生じたとき、その損失を補償する仕組みを有していること

(4)最後に口座残高が変動した日から少なくとも10年間は債務を履行できること

(5)資金移動が1年単位でできること

(6)労働者が、ATMを利用して通貨で賃金を1円単位で受け取ることができ、毎月1回はATMの利用手数料等を負担することなく払出しができること

(7)その他、賃金の支払に関する業務の状況及び財務状況を適時に厚生労働大臣に報告できる体制を有していること

デジタル払いは使用者・労働者双方が希望する場合に限られます

デジタル払いによる給与受取は、使用者及び労働者の双方が希望する場合に限られます。使用者の強制は認められず、反対に、労働者から求められても応じる義務はありません。仮に、双方希望した場合、給与受取口座に資金移動業者を加える労使協定を締結します。更に、使用者は労働者の同意書を得る必要があります。同意書は既に厚生労働省HPにアップされています。労働者は、資金移動業者以外の口座も指定する必要があるなど、今後取り組むべき内容に関する理解の一助となりますので、活用してください。

使用者にとってデジタル払いのメリット・デメリットとは

使用者のメリットとして、振込手数料の軽減の可能性があります。また、銀行口座の開設が難しい外国人労働者を確保しやすくなるとも言われています。一方、デメリットとしては、給与の支払方法が増えることに伴い、給与システムの修正や事務の手間が増えること、労働者の個人キー情報を取得・保管する必要があることなどです。

加えて、一番の懸念材料として、資金保全の問題、不正アクセスやなりすましによる不正利用等の横行等が指摘されています。こうしたことから、採用には慎重な検討が必要です。