精神疾患等を理由とする退職申出への対応

Q.退職願が提出されましたが「うつ病のため」との記載です。このまま手続を進めて後日トラブルになる懸念はありませんか?

専門商社を経営する者です。営業成績の芳しくない従業員を上司が注意したところ、翌日退職願が提出されました。中身を確認すると「うつ病のため」との記載ですが、診断書は添付されていません。先日の注意等は適切な内容で、長時間労働の実績もありません。提出時、上司は特に慰留等は行わず、病気の原因も敢えて尋ねなかったとのことです。このまま手続を進めると、後日労働災害等のトラブルとなる懸念はありませんか?また、弊社は就業規則において、病気休職制度を定めています。制度利用を促すべきでしょうか?

A1.労働災害の認定は労働基準監督署長の役割です。使用者は退職の意思が確認できれば慰留すべき義務まではありません。休職制度も社内周知していれば利用を促す義務まではありません

設問からは「うつ病」に医師の診断等客観的根拠はあるのか、ある場合は業務との因果関係は、また従業員に労働災害(以下「労災」と言います。)を申請する意思はあるのか等は明らかではありません。そうした中で、使用者の懸念は、仮に従業員が労災を申請した場合、その責を問われること又は配慮不足を指摘されることにあるものと考えられます。

しかし、労災の認定は、労働基準監督署長の役割です。また、申請は従業員が自ら行うもので、使用者は判断する立場にありません。ただし、申請には使用者の協力が不可欠なことから、使用者が代行している事例は少なくありません。

そこで結論を言うと、退職の申出があった場合において、使用者はその意思が確固たるものかを確認すれば足り、理由を詳らかにすることは原則求められていませんし、慰留すべき義務もありません。休職制度についても、就業規則に定めて周知しているのであれば、敢えて利用を促す義務まではありません。

仮に、後日、従業員が労災を申請した場合、労働基準監督署長は厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」等に照らして、業務との因果関係や心理的負荷の強度等を調査します。退職願の記載と業務との因果関係とが直ちに結び付くとは言えず、使用者は勤務状況の証明など必要な協力を淡々と行えば問題ありません。

A2.「ハラスメント」の場合使用者の責務が義務付けられています

ところで、設問のようなケースで、仮に退職の理由として「ハラスメント」等の記載があったとすれば、対応は全く異なってきます。ハラスメントの事実があったかの当否はさておいても、従業員は業務との因果関係を申し立てていると受け止めるべきです。セクシャルハラスメント等は男女雇用機会均等法、パワーハラスメントは労働施策総合推進法により、それぞれ法的な定義や使用者の責務等が定められています。使用者は、従業員からハラスメントの内容を聞き取るとともに、事実関係を速やかに確認しなければなりません。その場合、従業員の意思が固ければ、事実確認に必要な範囲内で退職時期を延ばしてもらうとしても、退職自体を拒むことはできませんし、その必要もありません。

事実確認の結果、ハラスメントが判明した場合、使用者は行為者に対して所定の措置を講じるとともに、従業員と救済措置等について協議することが望ましいと考えられます。一方、ハラスメントの事実は確認できなかった場合、調査結果を整理記録して一定期間保存することが必要です。労災申請の時効は、療養・休業等保障給付は2年、障害・遺族等保障給付は5年であることから、少なくともその期間は保存すべきと考えられます。なお、ハラスメント等は刑事罰等の対象となるものを除き、公益通報保護制度の対象外であり、こちらの時効は1年なので、5年保存していれば間違いありません。

厚生労働省が公表した令和6年度の精神障害を原因とする労災認定件数は1,055件と、6年連続で過去最高を更新しています。令和6年1月から12月までの労災による休業4日以上の死傷者数は135,718人であったことにかんがみれば、未だ非常に多いとまでは言えない水準ながら、今後も増加が見込まれています。過敏になるべきではありませんが、使用者として配慮義務違反等を問われることのないよう注意が必要と考える次第です。